私がもの物心つく前から、すでに自宅にはアロエがありました。
父がアロエ好きだったのです。
私が生まれて間もない昭和50年初頭、日本はアロエブームに沸いたらしいです。アロエの薬効や活用法が広く知られ、どこの家庭もアロエを自宅で育てるようになったといいます。例にもれず、我が家の庭にもアロエの鉢がいくつもならんでいました。
父はことあるごとに、私に庭のアロエの先を切って持ってくるよう命じました。
父は典型的な亭主関白で、家では絶対君主でした。命じられれば、私も兄も逆らうことはできません。だから、「アロエを切ってこい」と言われれば、黙って庭に出ていきました。指令通りに青々とした葉の先をちょん切り、父へもっていきました。
父はそれをおもむろにかじったり、すりおろしたり、貼りつけたりしていました。
ちょっと舐めてみろといわれ、アロエ葉の断面をなめると、途端に渋苦い味が口に広がり、いくら口をゆすいでも、しばらくは嫌な感じが口に残っていました。
そんなアロエも、私が成人する頃には、キダチアロエに加え、アロエベラの鉢が庭の一角を占拠していました。おそらく10鉢以上はあったと思います。冬が近づくと、アロエを寒さから守るため、父お手製のビニールハウスを建てるべく、私と兄が駆り出されました。
しばらくして私は社会に出て地方に赴任しました。
私が実家を離れている間に、アロエベラの鉢たちは、寒さに当たってすべて枯れてしまいました。ビニールハウスに設置したヒーターが故障し、寒さに耐えられなかったようです。
大事に育てていたアロエベラを失い、父はさぞかし悲しかっただろうと思います。
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